miyukikaku

りんごの嘆き

自己愛の強い夫が勝手に別居生活を始めて長い年月が経った。今後の自分の生き方を考えながら自己愛男への不満を呟く。

24 5月

実家を追い出されたS子

実家に帰ったものの、また次の困難が彼女を襲う。


お母さんが連れて帰った事で、心強かったはずだが、なんとお兄さんが「この家にお前のいる場所はない。帰れ。」と冷たい態度だったそうだ。


お母さんはお父さんと長男に責められた。


「どうやって娘親子3人をうちで世話できるというんだ。息子の孫の世話だけでも大変なのに、迷惑でしかない。部屋も無いし、結婚なんて我慢するのは当然だ。離婚は許さない。帰って旦那さんと一生添い遂げろ」
と、S子も叱られたのだ。


S子の兄さんは、自営業をしており、親が資金面も生活費も援助していた。年金生活の両親が兄さんに振り回されていたようで、目一杯のところに娘が子どもを連れて帰ってきたのだ。


確かに理解できなくもないのだが、当時DVなんていう言葉も認識もない時代、結婚したら我慢だ、どんな相手でも離婚は避けろという考えが強かった。


当時の彼女にとって、どれだけ冷酷な言葉だったろうか。


まだ、お母さんが味方だったから救われたようだが、結果、S子は、仕方なく旦那のところへ戻るしかなかった。



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23 5月

S子の母が怒った~ご主人と大喧嘩

S子は、離婚するつもりで実家に帰ってきた。

「もう旦那と一緒に暮す気は無い。このまま帰らないつもり」と彼女は話していた。

でも、なぜ今決心したの?と聞いてみた。


「実は母と旦那が大喧嘩して、こんな男とは別れなさい!と母が連れて帰ってきたような感じ。」

「母が用事で上京してきて、数日うちに泊まっていたの。旦那はそれが気に入らなかった様で、私にも母にも暴言ばかり吐いていた。流産の件もあって、もともと母は旦那を良く思ってなかったし。」


「母も最初は我慢していたんだけど、あまりに失礼な態度をとるから、最後は怒りが爆発したのよ。あなたみたいな人といたら娘と孫は不幸になるから、私が連れて帰ります!って怒鳴りつけて私たちを連れて帰ってきたってわけ。」



「その時旦那は、うるさい!好きにしろ!と、母に怒鳴ったのよ。信じられなかった。母にまで酷い態度をとった事、許せなかった。それで決心がついた。母が味方についてくれるなら、安心して実家に帰れると思ったの」


私の母とは大違いだ。こんな風に守ってくれるお母さまがいるS子が羨ましかった。






22 5月

S子が流産した時の様子~ご主人の態度

出血が止まらず、腹痛もひどい、このままでは流産してしまう!と危機感一杯のS子。


それなのに動揺もせず、「俺の晩御飯を作ってから病院に行け」と言い放ったご主人。


お腹をおさえながらS子は台所に立った。


(え~っ!そんなの無視してさっさと病院に行けばよかったのに)と思ったが、ご主人の付き添いなしでは病院に行けないと思った彼女は、急いで料理をしたのだそうだ。



ゆっくりとご飯を食べるご主人を待ちながら、不安と痛みに耐えるS子。


やっとの事で、ご主人とタクシーで病院へ。

到着と同時に出血が激しくなり、結果流産してしまった。


医師から「どうしてすぐに来なかったのですか」と言われたが、理由を言えるはずもなかった。


「あの時の旦那を許せない。今でもずっと憎んでいる。」というS子。



でも、それから2人の子供さんに恵まれて良かったという話になると、顔を曇らせた。


「子どもは可愛いし、産んで良かった。子どもだけが生きがい。子どもがいなかったらすぐに別れていたと思う。」
「実は、旦那を嫌いになっていたから、子どもは一人でいいと思っていたの。家庭内離婚状態になってたのよ。」
「ところが、旦那がある日寝ているところを襲ってきて、あれはDVよ。無理やり暴力的に…それでできたのが二人目。」


その二人目の子どもさんは、この時1歳になっていた。




   
21 5月

S子が帰省していた理由~もう限界

久し振りに帰省していたS子と会えた。


当時まだ小さい子どもさん2人と一緒に3人で帰省していた。



いつまでいるのか聞いたところ、

「いつまでいるか決めてないの。私家を出てきたの」

とS子が答えた。

「もう別れるつもり。もう限界。」と怒っている。


全ての事を聞いた訳ではないが、S子が一番許せなかったのは、出産に関してのご主人の態度だった。


「結婚してすぐに流産をしていた」と、この時初めて聞いた。


流産の気配があり、絶対安静と医師から注意されていたS子は入院したかったが、ご主人が反対し、家で安静に過ごす事にしていた。
が、ご主人が全く協力せず、家事は自分がやるしかなかった。


日曜日にご主人と過ごしていた夕方、突然出血があり、止まらなくなった。


「流産しそう!お腹が痛い!病院に連れていって!」とご主人に訴えるS子。


するとご主人は、動揺もせず、平然とこう言ったそうだ。


「はあ?俺の晩御飯は?作ってから行けよ」


   
20 5月

S子の結婚(6)幸せそうに見えたのだが…

その後、S子から結婚式の招待状がきたが、遠方に住んでいた事と、運悪く自分の大事な用事と重なってしまい出席できなかった。


ご主人の顔は写真でしか知らない。

写真では、確かに彼女の好みではなさそうだが、真面目そうで堅実な人に見えた。



それから数年後、東京で彼女と会った。


その時の話では、ご主人は家族思いの優しい人のようだった。


ただ、年齢の割に独身時代の貯金が少なかったとか、給料を部下との付き合いで使ってしまうとかを愚痴っていた気がする。


でも、ちゃんと平穏に家庭を切り盛りしている様で幸せに見えた。


2人の子どもさんにも恵まれていた。



S子からの年賀状は、毎年家族写真が送ってくる。
それで様子を何となく知る事はできた。



私は自己愛男と一緒に写った写真なんて絶対友人に送りたくない。


家族写真を送れるって事は、ご主人とうまくいっているっていう事かなと私は勝手に想像していた。



東京で会ってから5年後、実家に帰省した際、連絡してみたら偶然彼女も帰省しており、会う事ができた。


この時のS子の話には驚いた。








19 5月

S子の結婚(5)自分を騙して

「そうこうしているうちに、しびれをきらした紹介者の親族が来て、今日はっきりさせろって迫ってきたの。」


「この人はいい人よ。いいわよね?」

と強い口調で言われ、黙っていたら「OKってことね?はいこれで決まりね。良かった良かった!」と押し切られ、その場一同から拍手、祝杯をあげる宴会まで始まったそうだ。



「やっぱりお断りします、と言うつもりだったのに、言えなくなって、もうその場で諦めたわ。もう私の人生どうでもいいやと思った。」と笑いながら話すS子。



ニコニコと作り笑いをして、自分を騙して生きる事にしたという。


「東京に行けるのだからいいや。東京に行くために決めた結婚なんだ。」と自分に言い聞かしたらしい。
「良い人そうだし、結婚したら案外正解だったと思えるかもしれないしと思ってみたけど、私は絶対あの人を好きになる可能性はないと思った。」のに、自分の気持ちに蓋をした。


ただ、お母さんは、彼女の味方だった。S子の気持ちを心配してこっそりと声をかけていた。


S子は、「大丈夫、心配しないで」とお母さんにも笑顔で答えたという。










18 5月

S子の結婚(4)父親の説得

S子の話は続く。


「お見合いした後、絶対断ろうって思ったのよ。嫌だって話したら父親に説教されてしまったの。いつまで一人でいる気だ。お前は男を見る目がない。親の勧める人と結婚すれば間違いないんだぞ。って。」

それだけではなく、この時、彼女のお兄さん夫婦も実家に同居していた。

お嫁さんへの配慮で、早く小姑の娘を家からだしたいという親の考えもあったようだ。


お見合い相手は、お父さんの親戚からの紹介で、素性もしっかりしていて安心だと太鼓判を押された人だった。


「この人を断ったら、お前は一生結婚できないぞ。紹介してもらえるのも最後だぞ。」と説得されたS子。



「生理的に受け付けられない感じで嫌だったのよ。でも、父の気持ちは理解できて、反抗できなかった。唯一魅力的だったのは、相手は東京在住だったこと。結婚したら東京にまた住める事だけが良かった。」

唯一の上京できるという事だけで、自分をごまかし、承諾せざるを得ない状況だったという。

     
17 5月

S子の結婚(3)結婚詐欺

「気が乗らないのに結婚するの?」と聞きながら、S子の揺れる気持ちがわからないでもなかった。結婚前は誰でも不安に成るものだから…と。


お見合いだったそうで、お相手はS子より10歳以上年上だった。

良い人なら年齢は関係ないし、大事にしてくれるのでは?と思ったが、彼女の話では、そんな感じの人ではないとのことだった。


「全く好みじゃないし、ただでさえ中年なのに、歳より老けて見えるし、収入も多くないし、断りたかったの。でも、私もこんな歳だし、”前科”があるし、親がうるさくてどうでも良くなったと言う感じ」


彼女のいう”前科”とは~

   S子は、25歳の時に、結婚したいと思う人がいて、ご両親に会わせた事がある。

   お父さんは、相手が気に入らず、猛反対した。
   理由は、親の直感で「こいつは詐欺師だ」と思ったからだそう。

   S子は、お父さんに反発。親子喧嘩。口もきかない日々が続いた。
   
   そんなある日、お父さんがS子に書類の束を見せた。
   「これでも結婚したいか?」と言われたそうだ。

   その書類は、探偵からの報告書だった。

   なんと彼氏は本当に詐欺師だった。

   借金が1千万、住所不定、結婚詐欺の前科があった。
   S子は騙されていた。


親の直感は凄い。娘を愛すればこそだ。何と素晴らしいお父さんだろう。

うちの自己愛男とは正反対だ。私の父もここまではできないだろう。その直感自体が無いかもしれない。


そんな事があったので、S子は、自分が男性を見る目がなく、騙されやすいのだと自信喪失になり、男性不信になった。


それ以降恋人を作る気力は無くなっていた。


        




16 5月

S子の結婚(2)気がのらない

 S子とは、高校から別々の道を歩んだが、縁はずっと続いている。


人生の大きな転機の度に会って、お互いの近況報告をする仲だった。
私は親友の一人と思っていたが、向こうはそう思っていないだろう。


私は自分の無神経な性格に気が付かず、これまで彼女に迷惑をかけてきたかもしれないなと今頃になって思う。



特に何があった訳でもないが、何となく…

よく、歳をとって性格が丸くなるとか言われるが、こういう事なのかな?


最近、これまでの自分の言動を思い起こすと恥ずかしくなる。

何て我儘だったのか。失礼だったのか、無神経だったのか、頑固だったのかときりがない。

若かったから~と言えば言い訳になる。


だから、今でも付き合ってくれる遠くにいる古い友人達は、よくこんな私と長い間仲良くしてくれたなあと感謝するこの頃。

話を戻そう。

大学時代は2人とも東京にいて、よく会っていたが、私はそのまま東京で就職し、彼女は実家に帰されてしまった。



まだ子どもが幼かった頃だ。

お盆休みに実家に帰省した時、S子に連絡した時の事を思い出す。



彼女に電話をしてみた。すると

「私、結婚するかもしれないんだ。気が乗らないんだけどね~」と憂鬱そうにS子が言った。



   





15 5月

中学の同級生のS子の結婚  (1)

気分は何となくまだすっきりしない毎日だが、気候が良い今のうちに片づけをしておこうと思っている。


夏は暑くて汗だくだし、冬は寒くて押し入れなどの整理なんてやってられない。


昨日から、少しづつ引き出しから整理している。


年賀状も古い物から現在まで大量にファイルが積もっている。



私みたいなおばさん年代でも、”年賀状を書かない事にします主義”の人が増えてきた。

親しい人ならメールやラインでやりとりするし。


私もできれば年賀状のやりとりはやめたいと思っている。



ただ、友人が北海道から沖縄まであちこちにいる為、疎遠だけど気になる人?は、年賀状は私にとって大事な連絡手段となる。



それ以外の義理だけのやりとりの人とは、お互いに辞めた方がよいかもと思っている。


やりとりを続けたい友人の中に、中学の同級生S子がいる。


最近の年賀状では、子どもさんも大きくなり、平穏な生活を過ごしている様な感じだ。



彼女も色々あったのだが、無事乗り切れた様だと安心した。



S子の結婚する時の様子を思い出す。


    
プロフィール

りんご

主婦歴、子育て歴長いです。自己愛の強い夫に振り回される人生。長い間我慢してきた事を吐き出し、これからの自分の生き方も考えながら、あれこれ呟きます。

いつも有難うございます
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